「千歳ってば最近どこへ出張しなさってるのかしら?」

前の席から身をこちらにひねって裕香がけだるそうに声をかける。

五時間目の授業も裕香の声と同じようにのろくてうすぼんやりとした呪文のような言葉だけが響いていた。古文の白石さんの声は本当に眠気を誘う。春眠暁を覚えず、ならず白石暁を覚えず。
あれ、あたしちょっとうまいじゃん。

 

 

 

裕香は薄い色の髪を綺麗な白い指先でもてあそびながら他愛ない思考に身を任せているあたしの返事を待っていた。


答えるの、面倒くさいなぁ――――


「別にいいじゃない。たまには一人になりたいだけスよ」
「彼氏と逢引してんじゃないんすか?」
「残念はずれですぅー」

 

男が隣にいるってところでは逢引かもしれないけれど。
あ、でも示し合わせて来ているわけでもないからそれも違うか。

 


「そういえばあんた彼氏とどうなのよ?」

 

裕香は先ほどのふざけた口調と打って変わった心配そうな口調であたしに問いかける。

どこかで何かしらの噂でも聞いたんだろう。
女の子っていうのはそういったことに敏感で強力なネットワークを持っている。

そういえば、彼氏のことなんてすっかり忘れていた。
あの時、あたしを置いて逃げてしまったあの小心者の阿呆彼氏だ。別にもともとそこまで好きだったわけでもないからいちいちそんなことで怒ってはないのだけれど、やっぱりそういう風に嫌なところが一旦目に付いてしまうと気持ちが駄目みたいで、あたしは完全に彼と会うことを拒否していた。携帯も出ないし、メールも「この間ごめん」って入っていたのに返していない。


「何か冷めちゃったみたいなんですよね」
「早。だってあんた。付き合ってどのくらいたつのさ?」
「んー…」

1ヶ月くらいかな。それでもよくもった方だ、と思う。
裕香はあきれた、とため息をつくと前に向き直って頬杖をついた。きっとこれから眠る体制にでも入るのだろう。

髪の毛を裕香と同じようにくるくるいじる。
枝毛を見つけて、手で切るのはいけないってわかっているのにそれを無理矢理ちぎった。元々髪質が細いのに脱色しているから随分痛んでいる。痛々しい、と自分でも思った。かさかさで、ざらざらで、まるで枯れ草みたい。

 

 

名古屋の髪の毛をふと思い出す。
ぐちゃぐちゃで、真っ黒で、癖っ毛でまるで行儀が悪くて手入れの出来ていないペルシャ猫みたいだ。そう、ぐちゃぐちゃなのに髪質は良いんだ。あたしと違って。

 

猫みたいって考えていたら名古屋の行動って本当に猫みたいに思えてきた。
どこの群れにも属さず、いっつも一人で、自分のしたいことだけして、ふいっと消えたり現れたりする。

 


昔飼っていた目付きの悪いキジトラを思い出して、それと名古屋がぴたりと重なって、あたしはちょっとだけ愉快になった。

あぁ、そっか。

なんであんなに名古屋の側が居心地が良いかわかった気がする。

 

 

 

 

キジトラはある日突然姿を消して二度と現れなかった。

 

 

 

 


あの猫も、名古屋も、きっとあたしに入り込んでこない。
ひとりきりなのだ。















夏 枯 れ
#04 一匹








































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 











 

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