名古屋のことは別に好きではない。
なのになんでキスしたかって言われるとわからない。
もしかしたら数学に女の魅力が負けたっていうのが一番の原因かもしれない。あたしは案外、負けず嫌いみたいだ。







































夏 枯 れ

#03 夢見虫









































名古屋はあれからも特に変わった態度は見せない。相変わらず何考えてるのかさっぱりわからないぼけっとした顔で分厚い書物に目を落としている。
もう少し動揺してくれることを期待していたあたしはガッカリした。あたしはきっと、あいつが驚いたり焦ったりする顔を見てしてやったりってガッツポーズをしたいんだなぁ。とも思う。でもそんな顔見て何が楽しいか?って言われるとやっぱりよくわからない。

大体。あいつに対するあたしの中での位置づけからして謎だ。トモダチでもなければ恋人でも(もちろん)ない。ただ中庭の木陰にある今にも壊れそうな木製ベンチに一緒に座る。それだけ。

初めて出会ったのが、ラブシーンの最中だったせいだな。という予測はしている。要するにもうあたしは開き直ってしまったのだ。あんなとこ見られて、つい本性丸出しで怒って、そして妙な言い訳でなだめられてしまったのだから。今更何を取り繕う必要があるのだろう?だからあたしは彼の前でこなれた笑顔を貼り付けることはしない。






















































中庭の名古屋は今日は昼寝モードだった。ベンチを一人で占拠して、暢気にスースー寝息を立てている。
顔にかぶせてある本は一日たりとも同じものだったことはない。今日のは「テンソル、テンソル空間の分解」と書いてあった。

試しに本を取り上げるとぱらぱらとページをめくる。
20秒もしないうちにうんざりとすると、その本を名古屋の枕元に放り出して、その場にしゃがみこむ。

立派な入道雲が青い空にくっきりと浮かんでいた。かすか遠くに授業する教師の間延びした声が聞こえる。芝生のように生えそろった雑草は連日の暑さで疲れたように腰を曲げる。青臭くて、乾いた夏の匂いがした。
見上げる空は授業などバカらしくなるくらい健康的だ。

 

 


ああ。あたしは本心の見えないトモダチや、セックスのことしか考えない彼氏より、こういう世界にひとりで居るほうが好きだな。なんて思考が空の上に放たれて、ふわりと舞い、消えた。















































































 


しゃがむと目の前には名古屋の無防備な寝顔があった。
ボサボサの黒い髪と不健康そうな顔。目の下あたりにはうっすらとクマだって出来ている(こんなにしょっちゅう寝ているのにもかかわらず、だ)。右の頬には真新しいガーゼが張り付いていて、あぁまた殴られてお金でも巻き上げられたんだろう、なんていうことが簡単に予測できた。

数学以外には本当にまるで興味がないようで、服にも髪型にも何一つ気を使っていないからかっこよさなんて感じられない。

「…むかつく」

誰に言うでもないそんな言葉がふと口をついて出た。


あたしは何故かこいつが憎いな。と思うのだ。
それは取り繕うとしないことに対する憧れのようでもあったし、単純に頭が物凄くいいことに対しての僻みでもあった。クラスの横暴な奴等に殴られたり蹴られたりしてケガをしても平然とした顔で登校することも何だかカンに触る(だからきっと絡まれるんだ)。でもそれだけじゃないような。

うーん、よくわかんない。まぁいいや。とにかく暑い。



思考はだんだん短絡的になってく。
暑さのせいだ。だからこんな奴に構いたくなるのだ。














あたしはこの前と同じようにそんな無防備な名古屋の口に触れていた。それはなんていうか、ただそうしたいとか好きとかとは全く違ったもので、もっと原始的な反射に近いような感じで…だのに心臓はうるさかったし何故か同時にとても怖くて、でも暑いくせに相手のカサカサした感触がリアルでやめるのもなんだかなって思って



 

 




目を覚ましたらベンチの上で昼寝をしていたのはあたしで
時刻はもう午後の授業であるということを指しており

あぁあれは夢だったのかとそこでようやく認識する。

思春期の男みたいな夢を見た自分が気持ちが悪くて、
あたしは頭を大きく一振りすると
大分大きくなった入道雲を背に、遅い授業参加をするために歩き出した。




 

 

 

 










































その同時刻、さほど離れていない場所で、名古屋が読んでいた本もそのままに唇を押さえて神妙な顔つきで物思いにふけっていることなどあたしには知る由もない。
  

 

 

 

 

 

NEXT

























































































 

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